先輩とのこと(前)

 今の仕事に就いたとき、ある仕事が全くできず、半月と経たずに担当を外されてしまったことがある。その後雑用的な業務に回されたり紆余曲折を経て、ある業務を専門的に任されることになった。「これができなきゃ、クビもあるな」と考えていた頃、私の実質的な教育係になってくれたのがA先輩である。それまで先輩とは単に「同じ課にいる」というだけで、それ以上に接点があるというわけではなかった。
 基本的に私の仕事ぶりを後で先輩を含む三人の主任クラスが持ち回りでチェックをするという形をとったのだが、先輩は特別厳しかった。これまでの私を知らなかったというのもあるのだろう、容赦が無かった。また親身になってお説教をされる分、誰よりもこたえた。
 いっぽうで係長クラス三名と近い席に座る先輩が情報をキャッチし、「加藤君、結構評判ええで」と励ましてくれた(それが本当かどうかは知らない)。やがて怒られっぱなしだった私も「たまには褒めたるわ」と言われるようになり、最後はお叱りよりもお褒めの言葉を多く貰えるようになった。中盤ぐらいの頃に先輩に恋人がいると知り、いやがおうにも一線を引かざるを得なくなってしまうのだが、それでも先輩に認められたい(嫌われたくない)、その一心で仕事を続けていたような、そんな気がする。
 この仕事に就いてはじめて新しい年度を迎え、なんでこの仕事をするのかと考えたとき、先輩の姿が頭に浮かんだ。これまで先輩に迷惑をかけ続けて来た、だから今度は、先輩に「手をかけてよかったな」と思われるような一年にできないだろうか。そういうふうなことを考えていた矢先に転勤が決まってしまった。(続)