地震と片思いの記録


私が都内で地震に遭ったときも震度5強だった。同じ区内では死傷者も出たらしいが、幸いにして私の仕事場はけが人もなく、荷物が崩れ、他課にある金庫が壊れただけで助かった。

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その日は色々「偶然」が重なったような感じがしたのを覚えている。眼鏡と音楽プレイヤーを忘れた(さすがに眼鏡は家族に取って来てもらったが、プレイヤーは諦めた)、電車の中では寝てるのが常だったのに、その日は一睡もできなかった、等。

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仕事場に行くと、私のチェックをしてくださる人が休みだとのことで、私に仕事を教えてくれた先輩がチェックをやることになった。姉のように慕う方、とても嬉しい「偶然」だったが「(仕事を)間違えないでね(はぁと)」と毒気たっぷりの笑顔で釘を刺されていた。

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そして地震。関西出身の先輩がクールにしているのを「さすが」と思いマネしていたのだが、どうやらガマンしていたらしい。彼女以上にメッキの私は全くデタラメな書類を彼女に渡し、「加藤君おもしろ〜い」と笑われていた。

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私はツイッターを使って兄と連絡。先輩は夜、彼氏らしき人物に電話(彼氏がいることはずっと前に知っていた)。徒歩で帰れないかと言われているようだった。酒を飲む先輩たち。たった一口で胃もたれするレアチーズケーキを食らい、一人花粉と格闘する私。

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夜11時、酒宴が終わり、家族に連絡を取るために電話の前に座る。酒に酔った先輩が「加藤君、チョコはきらい?」と言い、ティラミスチョコをくれる。

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テレビが伝える風景は残酷だが、やがてその風景に慣れてしまう。惰性のように緊急地震速報のサイレンが鳴る。私は3時半に寝て4時半に起きる。夜が明ける。いてもたってもいられず街を出る。春だとは思えない、冷えた朝だった。

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本来土曜出勤だった上司が「お客さん来るから…」と仕事の準備を始める。電車が動くと知り、先輩は文字通り走って会社を後にした。また甘い物を朝食に選び、また胃がもたれている私。家に帰ったのはこのあとさらに6時間後。

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帰宅後2時間で眠りにつき、夜中に目を覚ます。デマとヒステリーで荒れるツイッターを見ながら、先輩のことを考えていた。自分がせいぜい「弟」以上になれないこと痛感し、泣いていた。

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約一ヶ月後の夜。私は昇格のための面接の準備をしていたが、上司以外の人間には「私用で休む」としか伝えなかった。先輩は「加藤君は休んだほうがええって」と、泣きそうな口調で言われてしまった。入社以来有休をとっていないのは確かだったが、こんな風に心配されているとは思いもよらなかった。

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そんな夜に大きめの余震が起きる。東北では停電が起きた。そのときツイッターを触っていた私は、震源の比較的近くに住む先輩のことを口走っていた。休みをとったのは面接のためだが、その先輩のためにもまた、しっかり「休まなきゃ」と、そんなことを考えていた。

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昇格が決まり、先輩は「おめでとう」と関西弁で褒めてくれた。嬉しかったのはここから一ヶ月で、今度は自分が転勤することになってしまった。最後の日、仕事場でさすがに告白はしないが、「先輩に以前教えられたことをそのまま面接で話した」と私は話した。

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片思いは片思いで仕方が無い、でも私にとってあなたは「特別」なんだと、我ながら言葉は拙いが、それだけは伝えたかった。他の人に挨拶に行く際、「最後の最後で心温まったわ」と、得意気になる先輩の声が聴こえた。

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以後、私は三度前の仕事場を尋ねている。先輩は以前とは少し違う、年上とは思えない無邪気さで私が来たことを喜んでくれる(そういう意味じゃ少しは気持ちが伝わったのかも知れない)。私は自分が苦手とする仕事の話を先輩とし、その答えにまたドキュンとハートを撃ち抜かれている。

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教わったことは今の仕事でもとても役に立ってる。それが先輩に伝わらない今、なんとか伝わる形で恩返しできればな、と思っている。なんにも思いついていないけど。